最近はひとなつこい野良猫にかまわれていて、こまっている。家に入ろうとすると、一緒にはいってこようとして、なかなか家に入れない。
コラ!とおこったところ、いなくなったとおもいきや、おなかをだして、かまってよポーズをしていた。
ひとなつこい半野良猫は一匹だけでなく、3匹くらいいる。どんどん増えている。すりよるか、おなかをだすかどちらか。
オードリーの若林のエッセイを読んだ。この人のネガティブさに、共感してしまう。
彼らが一発やにならなかったのはネガティブゆえに考えぬいた若林の努力なんでしょうね。
一番共感したのは、「ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。 」という一節。暇なとき、考える時間が山ほどあるため、考えすぎてしまい、底なし沼にはまってしまう。そんなわけで、私はいつも熱中できるものをさがしてしまうわけだ。
ランニングはかろうじて続けているものの、暑さにやられそう。
ランニング仲間は、昼間の30度の炎天下のなかを7キロとか普通に走っていた。よっぽど走るのがすきなんだなと思った。
人から見れば自分も走るのが好きなやつと思われているらしいのだけども、私の場合は自分に果たしている課題みたいな感じであって、走るのはおそらく好きなわけではない。
秋のハーフマラソンレースに申しこんだので、そろそろ週3回は走らなくてはいけないとは思うのだけど、平日に走る余裕がないなと思っている。
職場周辺の神田は、ランチのお店がかなりたくさんあり安い。値段は600円からがほとんどで、800円は高いくらい。
一番不思議なのは、職場の半径100メートル圏内に4軒もヴェローチェがあること。きっとおじさんが暇つぶしにはいるのだろうと推測する。
長居ができるくらいしかいいところがないと思っていたヴェローチェだったけど、
知り合いがいうには、トイレが男女兼用ではないところがいいとか。男女兼用だと汚れるのだって。
ついでにいうと、チョコクロのサンマルクも駅前に3つもあった。それなのに、東京にありがちなエクセシオールは見た覚えがない。
神田は完全にガラパゴス化している気がする。
久しぶりに睡蓮の写真を撮りに行った。この季節はまだ朝が涼しくて、ゆっくり寝てしまうけど、早起きして行動するのはいいもんだとおもった。
すがすがしくて、きもちよかった。
亀の甲羅干しをみられなかったのは残念だった。それが楽しみだった。
「走った距離は裏切らない」とランニング仲間がその言葉を教えてくれた。野口みずきが言った言葉らしい。
努力した量に比例して、成果をあげられる。走ることに限ったことではない。その言葉を聞いて、学生までは、どんなことでも努力すればなんとかなると私は思っていたんだよなと思いだした。だけど、社会にでたら、努力だけでは、どうにもならないことがあるということがわかったのだった。あきらめることを知った。
最近はあきらめの悪い行動をしていて、うまくいかないこともあるけど、すこしずつ報われることもでてきた。努力の質と方向が大事かなとおもう。
風邪が長引いてしまい、3週間もランニングしてなかった。こうなってしまうと、再び走りはじめるのがおっくうになっていった。いま流行のフレーズ「やめるなら・・・今でしょう」がきこえてきた。
だけども、あっさりやめるには、たくさんの人にいいすぎてしまった。自分がしばらく姿をあわらせないため、ジムのインストラクターの方に心配されるありさま。簡単にはやめれない感じになってきた。
自己啓発本に、目標は公言するといい、というのはこういうことかと思った。
最近ニュージーランド人が日本語で書いているブログにはまっている。
読まされる。ネットで長文を読ませるのは、むずかしいことだと思う。
それは私がネット人生で学んだことだった。
個人ホームページをやっている人もだいぶ減ったし、個人ブログをやっている人も減ってきているんじゃないだろうか。ツイッターやフェイスブックとか気軽に書き込めるから、管理の面倒くさいブログとかやる必要もない気がする。
私がホームページをやっていたころ、信条にしていたことは、「オチがないことは書かない」ということだった。アクセス数はかんばしくなかったけど、コアな常連さんがおもしろがってくれていた。
それも遠い昔の話で、今の自分には、そんなことをやる気力はない。